2008年07月21日

ペルー マチュピチュ インティワタナ

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インティワタナとは原住民の言葉でインティ(太陽)、ワタナ(つなぐもの)という意味だ。
インティワタナはマチュピチュの遺跡の中で一番高い場所にあることも考えて、この石が太陽信仰を表していることは間違いないといわれている。
写真を見てもわかる様に、角のように大きく突き出した部分のまわりはひし形になっており、その四角は東西南北をぴったりと向いている。
そのことから、インティワタナを日時計であったのではないかという説を唱える人もいるが、実際の使われ方はわかっていない。

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ペルー マチュピチュ 遺跡の中で 

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遺跡大広場の南側の地点から眺めたワイナピチュ峰。
昔から、マチュピチュを紹介する観光ポスターや遺跡の写真に必ず写っている山だ。
遺跡の屋根を茅葺にしたら今にも住める様な錯覚をする。
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2008年07月22日

ペルー マチュピチュ 遺跡の中でU

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石壁の中に一軒の茅葺屋根を見つけた。
観光用に屋根を葺いたのだろう。
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ペルー マチュピチュ 遠景

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多くの遺跡に囲まれながら、ふと歩いてきた道を振り返った。
先程までいた「見張り小屋」が小さく見えた。
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2008年07月23日

ペルー マチュピチュ 遠景U

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眼下のウルバンバ川が白い紐のように流れる。
絶壁から見下ろすとめまいを起こしそうだ。
マチュピチュの発見者ハイラム・ビンガムは、実は原住民の少年に案内されてこの絶壁をよじ登って来た。
遺跡の南側の高台に登って眺めると、何か巨大な力によって、遺跡の側面が削り取られたように見える。
遠くの山腹に一条の細いパイプらしきものが見えるので、発電所かなと思ったが、どうやら地形的に違うらしい。

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ペルー マチュピチュ 遠景V

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マチュピチュの遺跡から眺めた急勾配の斜面。
遺跡とウルバンバ川の高低差はおおよそ400m。
めまいがするような急斜面にまで、段々畑が造られている。
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2008年07月24日

ペルー マチュピチュ 帰り道で

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もう一度ワイナピチュ山を振り返った。
そして"マチュピチュ"は昔は平坦地だったという説を称えている人もいるので、どの様にして谷底との高低差400mが出来上がったかをその人の説により以下に紹介する。

遺跡の周囲は曲がりくねったウルバンバ川が取り囲み、まるで濠で囲まれたま巨大な城のように見える。
どう考えても、このような孤立した高台に都市を築く理由が見当たらない。
そもそも、オリャンタイタンボからマチュピチュにかけての遺跡の周辺は、クスコと同じように、アンデスの中腹部で平坦の土地であったのではなかろうか。
大洪水を予期して高地に避難してきた人々が築いた避難用都市は、そのような平坦部であったはずである。
ところが、マチュピチュやオリャンタイタンボの周辺には、上空からの大量の水が集中的に落下し、都市の周囲がえぐられ、その結果、このような空中都市の形態をなしてしまったのではなかろうか。
それを証拠立てる遺構が、隣接するワイナピチュの頂上部にある。
 

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ペルー マチュピチュ 山麓にて

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山麓の町マチュピチュ村は以前はアグアス・カリエンテスと呼ばれていた。
クスコからの列車の終着駅であるが、ここからさらに奥地に線路が延びている。
でもレールの光り具合から見るとあまり使われてない様だ。
その両側が歩道になっているのも面白い。

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2008年07月25日

ペルー マチュピチュ 山麓にてU

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ここはアグアス・カリエンテス駅の近くの広場。
子供が遊んでいたり、旅行者が休んでいたりするのは当たり前の風景であるが、石畳がきちんと敷かれているのはやはりインカの末裔だからなのか?
(写真撮影 大作実氏)
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ペルー マチュピチュ 山麓にてV

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アグアス・カリエンテス駅前のみやげ物販売店。
民芸品、絵葉書、ガイドブックなどを売っているが、大半は簡単なトタン張りの屋根やテント張りの店が多い。
店舗数にして約100軒は在るのではないかと思う。
(写真撮影 大作実氏)
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2008年07月26日

ペルー アンデス高原の旅

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マチュピチュからクスコに戻り、その翌朝、チチカカ湖に向かった。
チチカカ湖畔の町プーノまでクスコから約400km、海抜3400mのクスコから海抜3855mのプーノまで高原の旅だ。

ガイドから注意事項が話された。
「防寒対策をしっかりご用意ください。」
「高山病にならないように水分を十分に取って下さい。」
「気圧が低いので具合が悪くなったら腹式呼吸をしてください。」
(写真撮影 大作実氏)


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ペルー アンデス高原の旅 ピクーニャ

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生まれて数週間のピクーニャ。
バスでアンデスの高原を走って ある小さな村落に入った時、そこで観光用に動物が飼育されていた。
グアナコによく似ているが、ビクーニャには頸の下に30cm前後の長い毛があるので、そこで区別できる。
ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンに分布し、標高3700〜5000mの高地の草原に10頭前後の群れをつくって生活する。
ビクーニャの毛織物製品は高級品として取引される。
体毛が細いため、糸に紡いで利用される。
2年に一度しか毛の刈り込みは許可されておらず、1回の刈り込みで成獣1頭につき250〜350gの体毛しか得られない。
極めてきめ細やかなその糸は「神の繊維」「繊維の宝石」とも呼ばれ、ビキューナ100%ともなるとコート1着で数百万円の値がつく。
かって200万頭が生息していたと推定されるが、肉と良質な体毛を得るために乱獲され、20世紀後半までにその生息数を1万頭までに減らしていた。
1993年、インカ帝国時代に行われていた体毛を刈るための囲い込み(チャク)が復活し、地元民にその収益が保障されるとあって、ビクーニャに対する保護意識が高まり、現在、10万頭を超えるまでに生息数が回復した。


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ペルー アンデス高原の旅 ピクーニャU

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可愛いい。
この赤ちゃん 母乳のほかに栄養補給。
ママはあさっての方で草を食んでいる。

ピクーニャの毛は柔らかく高価だ。
リャマ、アルパカ、ピクーニャの順に値段があがる。
生息している場所も最も高い。
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2008年07月27日

ペルー アンデス高原の旅 ラ・ラヤ峠

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バスはアンデスの広大な高原をひたすら走った。
何となく息苦しい。
高山病かと心配したが、それも自然に解消した。
ラ・ラヤ峠でバスを停めた。
大きな看板に「ここはプーノ州、あなた方の良い旅を祈願しています。海抜4335m」とある。
私の生涯で一番高いところに来た。
ふと気圧計を見ると620hp、普通に生活している時の60%しか空気が無い。

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2008年07月28日

ペルー アンデス高原の旅 ラ・ラヤ峠U

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看板に「プーノ州はここまで、ここからクスコ州」と書いてある。
我々のバスが走ってきた道路が見える。
二つの州の幹線ルートだが、走行中にすれ違った車の数は5分に1台位だった。
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ペルー アンデス高原の旅 ラ・ラヤ峠V

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海抜4000mを越すと温度差が激しく、日中は太陽が眩しく暑いのに夜になると急に冷え込み厚手のセーターが必要になる。
山頂を見ると雪や氷河に覆われた険しい山々に太陽があたって美しい。
(写真撮影 大作実氏)
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2008年07月29日

ペルー アンデス高原の旅 プーノへ向かって

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峠を越えるとまた高原が続く。
でも荒々しいアンデスの山々が遠くなってきた。
写真はバスの後方から撮影した。
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ペルー アンデス高原の旅 プーノへ向かってU

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所々にリャマやアルパカが放牧されている。
”この土地を有効利用するには何が良いか”
”ここの土地の坪単価は幾らだろう”
こんなことを考えるのは50坪の土地に住んでいる私くらいだろう。
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2008年07月30日

ペルー アンデス高原の旅 プーノへ向かってV

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バスはひたすら高原を走った。
すると数軒の家並がある小さな村を通過した。
入口に「ようこそプカラヘ」と看板に書いてあった。
ところがこの村のはずれにも遺跡が有ることが後で分かった。

プカラは、現在のペルー、チチカカ湖北岸に紀元前200年ころから紀元後200年ころまで栄えた。
神殿あとのような石組み、方形の半地下式の広場を持つ建造物がプカラ村の奥に残っているという。
それにしても今の小さな村プカラからは、昔のプカラ時代のことが私のイメージでは繋がらない質素な外観だ。
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ペルー アンデス高原の旅 シルスタニ遺跡 

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アンデス高原の旅ももうすぐ終わりかなと思われる頃 シルスタニの遺跡を訪ねた。
ここはプーノまで30km、景色の良い所だ。
シルスタニ遺跡にはチュルパと呼ばれる円筒形の石塔の墓が、周囲をウマヨ湖に囲まれた高台にある。
チュルパには小さな石を積み上げたものと、大きな石を積み上げた高さ12m直径7mほどのものまである。
それぞれ東の方向に窓があり、冬至の日には朝日が差し込むようにできているらしい。
ここは標高4000mで丘を登るのはちょっときつい。
チュルパは100基ほどあったらしいが現在は6基のみが残っている。

(写真撮影 大作実氏)
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