2007年02月21日

ドイツ シュタインガーデン ヴィース教会D

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ヴィース教会の中央祭壇。
下段はヴィース教会巡礼の始まりの鞭打たれる救い主の像。
上段はキリストがマリアの膝に抱かれ、父ヨセフの方に顔を向けている。
(写真撮影 富澤巌氏)
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2007年02月22日

ドイツ シュタインガーデン 南に向かって

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ヴィース教会を出て車を南に走らせた。
広い草地の彼方にアルプスの前山が見えてきた。
山の中腹に白いノイシュヴァンシュタイン城が見える。
フュッセンの町が近い。
(写真撮影 富澤巌氏)
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ドイツ フュッセン 聖霊シュピタール教会 

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ヴュルツブルクから始まったロマンチック街道の終点の町、それがフュッセンだ。
フュッセンはアルプスの麓の町で、古代ローマ時代にはイタリアのヴェニスとアウクスブルクを結んでいた街道上にフュッセンは位置していた。
それで紀元前後にかけて、フュッセンはすでにローマ人の重要基地となっていた。
15世紀になるとイタリアとの通商において町は大いに繁栄する。
イタリアからの陸路の荷物をレヒ川を使って輸送するために船(筏)に積み替えるのがフュッセンの大きな役割であった。
フュッセンが繁栄した15〜6世紀は、この町の楽器職人たちも世界的な名器を作りあげた。
しかしこれらフュッセンの繁栄も、30年戦争で終結してしまう。

レヒ川沿いに建っている正面のファザードが印象的な教会があった。
聖霊シュピタール教会という。
1733年に建設が始まったが、火事によって建物は壊れてしまった。
それで1749年に再建した。
この教会の見所は何と言ってもその見事な正面のファザードである。
(写真撮影 富澤巌氏)

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2007年02月23日

ドイツ フュッセン 聖マング市教区教会 

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フュッセン市庁舎の近くに聖マング市教区教会の礼拝堂がある。
9世紀に造られた建物を、18世紀に現在のようなバロック様式の建物へ改修した。
時計塔の「絵」は騙し絵である。
(写真撮影 富澤巌氏)
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ドイツ フュッセン ホーエス城 

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ホーエス城は、市の中心、フュッセンの小高い丘の上に立っている。
この城は1295年にフュッセン市が都市権を得た後に、アウクスブルクの司教の夏の居城として建てられた。
1500年頃、現在のような姿に改装された。
外壁には沢山の”騙し絵”がある。
写真はホーエス城の時計塔。時計は騙し絵ではなかった。
時計塔の下は以前は監獄だった。
(写真撮影 富澤巌氏)

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2007年02月24日

ドイツ フュッセン レッヒ川

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フュッセンの町の南側を流れるレッヒ川。
昔はイタリヤから陸路フュッセンまで運んできた物資を、ここから船でアウクスブルクまで運んだ。
アルプスからの雪解け水は豊富で、琥珀色に見える。
民家が数軒点在している。
こんな所に住んでみたい。
(写真撮影 富澤巌氏)
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ドイツ フュッセン ホテル

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ここは「ヒルシュ・ホテル」、私達のロマンチック街道最後の宿泊場所である。
日本からの旅行客が比較的多かった。
旅行雑誌にはかなり褒めて書いてあったが、我々の感触としては並だった。
もっとも支払う宿泊代にも依るが、、、
(写真撮影 富澤巌氏)
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2007年02月25日

ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城

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朝早くノイシュヴァンシュタイン城に向かった。
ノイシュヴァンシュタイン城は、ドイツ観光の目玉、ロマンチック街道の最後を飾るのにふさわしい城だと思う。
この城は、バイエルン国王ルートヴィッヒ2世が、自らの夢を実現した城として建てた白亜の城である。
当地ホーエンシュヴァンガウには、アウクスブルクまでの重要な交易路が通っており、4つの城がこの街道に目を光らせていた。
この地の岩山を8メートルほど爆破して低くし、そこに1869年にノイシュヴァンシュタイン城の建設が始まった。
1873年に城門館が完成、そして1883年には本丸が完成した。
1884年から本丸4階の王の住居は入居できるようになり、ルートヴィッヒ2世はのべ172日間、ノイシュヴァンシュタイン城に滞在した。
けれどもルートヴィッヒ2世は1886年6月にシュタルンベルク湖で謎の死を遂げた。
未完成の城の工事も止まった。
そして王の死後間もない1886年8月から、ノイシュヴァンシュタイン城は一般の見学者に開放された。
(写真撮影 富澤巌氏)


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ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城 マリエン橋

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ノイシュヴァンシュタイン城の東側は峡谷になっている。
その峡谷にマリエン橋という一本の橋が架かっている。
この橋は1866年に架けられた。
マリエン橋から下の峡谷まで、91メートル。
水が澄んでいてきれいな橋だが、所々床板が朽ちていて、朽ちた床板の穴から谷底が見える。
ゾーッとして「怖いなぁ」と言ったら、ガイドが「鈴木さんは高所恐怖症ですか?」だって、、
そして「私は何回も来てます。」という。そうだろうガイドだもの、、
それでも多くの人で賑わっている。
写真はノイシュヴァンシュタイン城から見たマリエン橋。


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2007年02月26日

ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城B

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崖の上に立つ白亜の外観。
マリエン橋から見たノイシュヴァンシュタイン城である。
ディズニーランドのディズニー城もこの城をモデルに造られた。
旅行誌に掲載されている写真も、殆どこの写真と同じである。
(写真撮影 富澤巌氏)
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ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城 城門 

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ノイシュヴァンシュタイン城の城門。
門の上に紋章が見える。
(写真撮影 富澤巌氏)

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2007年02月27日

ドイツ ノイシュバンシュタイン城C

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中庭から見たノイシュヴァンシュタイン城の本丸。
本来の設計では、手前の空間に塔が建つ予定だった。
ここに来ると日本人観光客の姿が目立つ。
(写真撮影 富澤巌氏)
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ドイツ ノイシュバンシュタイン城D

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ノイシュバンシュタイン城の5階から見た景色。
ホーエンシュヴァンガウ周辺に広がるのどかな田園地帯と、遠くに湖も見ることが出来る。
(写真撮影 富澤巌氏)
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2007年02月28日

ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城 馬車乗り場

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ノイシュヴァンシュタイン城の展望台近くに馬車乗り場がある。
2頭立ての馬車が待機していた。

見るとドイツの馬も面長だ。
この馬車 排気量はゼロcc けれども2馬力。
地球温暖化防止に協力している。

馬に聞いてみた「何かウマい話しないか?」
   馬   「まあ乗れ!ちゃんと2ユーロ払うんだぞ!」
この馬車の料金は下り2ユーロ、上りは4ユーロだった。 
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ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城E

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夏草や ルードヴィヒ2世の 夢の跡

麓のホーエンシュヴァンガウからみた、ノイシュヴァンシュタイン城。

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